昭和41年02月11日 朝の御理解



  (途中末尾切れ)
 福岡の修行中の時分です。ある時に神様から、私丁度お月次祭をさせて頂きます。もうあの時は座敷に使うておりました方を、ある大変困っておる方に、石橋さんと言う方でしたがその方に提供して、そして物置に使っておりました、その例の四畳半の畳も敷いてないという、いわゆるお広前でございました。壁でも綺麗な壁じゃないのですよ。外から打ってあるんですけど、こんな具合にこうやって、丁度鎧の様にしておるような板壁でした。そこを綺麗にあの時に、沢山障子紙のお供えを頂いたんですよね。
 別に障子があった訳でも無かったんですけれども。その障子紙で綺麗な張りましてから、神様のお祭りせにゃん所は、その障子紙を綺麗に張ってから、しておりました。そういう時代のお月次祭の模様でした。ま、いつもお神酒すずの中もお水ですし、勿論水玉は水です。お野菜と言えば庭に少しばかり作ってありましたニラ、野菜屋さんで頂いてきた、大根の、まぁ売れないようなやつ、そんな風なものが、お塩やらと言うのが、まぁいりこやらと言うのが、まぁお月次祭のお供えでした何時も。
 もう来るお月次祭も、来るお月次祭もそんな風でした。あの時分です。「水づくし、魚づくしになるまでは、離れられぬが、わしの心じゃ」と、いう様な時代ですよ。ちょうど、お金が千円ばかり、思いがけないところから、その持って来て頂いた。売掛代金なんですよね、昔の。それを千円。でも家内は、それを大変喜んで、配給のお米が食べれると言うて言いよりました。そして私何でか外へ出ておりましたら、急に今日はあの、月次祭のお供え物を買うと、神様が仰ったです。
 それから私は又家帰りましてから「さっき頂いたあの千円を。」「こりゃ持って行きなさるとですか」ち。「今日はお月次祭、今日はあのお供え買わんならん」それで神様に一つ一つお伺いしながら、お酒も一級酒、勿論一級酒と言うても、一升じゃないですよね。一合ぐらい買わせて貰う。小さいお神酒すずの。お三宝といや今霊神様にお供え、お仕えしておる位のお三宝なんです。あれよりもっと小さかったでしょう。それから市場に参りましたら、神様はその高級なものばっかり目を付けて下さるんですね。
 例えばあのカニとか、あわびとか、私は忘れもしません。例えばあのカニなんかは、こう死んだやつがあるんですよね。それは安いんです。けどもがさがさ這っている元気なやつが良いと神様は仰る。あわびなんかでもこさいだら、ピリッとするようなその様なのですね。お神酒も一級酒。それからお菓子やら、もうとにかく神様は、その千円あの時分はしかしそれで買えたんですからね。もうやっぱり、ここへ来てから十五年ですから、まぁ十六、七年も前の話なんです。
 もう千円も一銭残らず、神様は使うて下さって、もうそれこそやはり小さい、このくらいばかりの、ま中ぐらいの八足に、お上様をお祭りしてございます。ですからもう本当に、ま、見事なお供えでした。青魚は鰹でした。かつおをこう絞りましてね。それでもうちょうど本当に何か知らんけれども、心も弾むごと有難いんです。それでもやはり、五、六人ぐらい、私は月次祭と言うと、お参りがありよりました。そしてまぁお祭り仕えさせて頂いてから。まぁ今日はもう久しぶりで、こらお神酒も頂かれる。
 こら久しぶりでこら、その鰹の刺身が頂かれるばいなと。という様な、そのまぁお祭りが済んで、その事を思うておりまして、御理解を頂いてから、さぁ皆さん帰ろうと言われる事にならせて頂いた時にです。神様が鰹は誰に下げる。貝は誰に下げる。野菜は誰に下げる。お菓子は誰に下げる。みんな人に下がってしまったんです。もうそれこそ、私と家内ががっかり、それこそがっかりなんですよ。ね。そこにあの唐芋のお供えもあっとりました大きな。はぁこれでこらもう子供達が喜ぶぞと。
 そしたらその唐芋まで下がってしまいました。だから私が他のものは、全部下がりましたから、その唐芋だけは、子供達が楽しんでおりますから、これだけは家でお下がり頂けんでしょうかち言うてお届けをさせて頂いたら、あのね唐芋はもう、先に神が下げといたと仰った。後から聞かせて頂きましたら、その石橋さんという人が、その唐芋をふかしてあるんです。そして子供たちに、豊美と勝彦に、おやつにやってあったらしいですね。そう言う様な事がございました。
 もう唐芋、芋はね、先に神が下げといた。だからこのお供えのこれは、誰に下げる、誰に下げよと言うて、みんな綺麗に下がってしまった。これはもうこちらへ帰らせて頂いてからでございました。やはり月次祭でした。もうその頃は相当色々お供えも頂いたし。お月次祭と言えば、やっぱり二十人位はお参りがあっておりました時分です。それを私が一人で神饌をさせて貰うんですね。ところが家内がこう言うんです。「あのお父さん、今日はお月次祭は、晩に仕えなさらんで、昼に仕えて下さい」と言うわけなんです。
 私はそん時も忘れませんが。あの時分は、大変この配給、遅配欠配の時代でございますからおもち米は、久留米地区から御本部に、みんなの集めたものを、大祭前にはそのお供えをしておりましたもち米を。ですからまぁ銘々一升、二升持ち寄ったのを、御本部参拝の時持って行くんです。ちょうどそん時にも、おもち米を頂いておりましたから、はぁこりゃ御本部にお供えさせて頂く。
 そして今あれは割れておりますが、同じ形のがありますよ。今よくあのお米なんかをお供えする、こんな丸い型のガラスのそれにやはり、三升ぐらいお米が入るでしょうか。それに、ま、いっぱいではございませんでしたけれども、お米のお供えがあっておった。こちらの方へは、お米の普通のお米の、いわゆるもち米のお供え。こちらの丸いこの方には、普通の米のお供え。そして真ん中には、このどぶろくのお供えがあっておりました。白酒なんですね。
 それで家内が申しますことに、「先生今日はあの夜じゃなくて、昼に仕えて下さい」という訳なんです。「なしや」ち言うたら、「今夜炊く米が無い」ち言うわけなんです。やっぱうちも考えたんですね。そうだな別にほんなら、そのどうて言うこともないんだから、なら今日昼仕えさせて頂こうか。昼からと言うても、まぁその夕食に間に合えばいいのですから、四時かその位に仕えるつもりで、まぁ二時ごろから準備をさせて頂いてから、綺麗に神饌させて頂いたんです。ね。
 そしてからいよいよ御祈念、お祭りと言うても、私が一人でございますから、御祈念させていただこう。勿論誰もお参りがあっておりませんけれども、二、三人ちょうど参り合わせた方があった。家族のものと、二、三人、そこの時分ですよ。御祈念させて頂こうかと思いましたらですね。真ん中にお供えしてありますね、そのどぶろくがね、はじいたんです。バーンと。醗酵するもんですから。そして両方のですね、そのもち米とお米の、ガラスの器に入っとるのに、もう両方ながら、もう割れてしまったんです。
 もうですからそのもち米と、そのお米とそすとその、ガラスの破片がいっぱいで、結局八時ごろまで、選り分けるのにかかりました。勿論その日は、夕食は炊きませんでした。それで家内と話したことでした。神様って厳しいことだねと。お前がねあのお米に目をつけたから、ね。もう、あれはうちにお下がりを頂くとは、決まってないのだ、神様の御ものなんだから。神様がどこにお下げになるのやら、どういうお使いになるのか分からんのに、お前がもうあのお米、はぁ今夜はあれでご飯が頂けれるとこう思うた。
 それが神の機感に叶わんのだと。ね。見て見れ結局はやっぱり、遅うの夜のお月次祭にならせて頂いただけではない。その、選り分けるのの大変な事に、あの薄いガラスですから、もうそれをいちいち選り分けるだけでも大変だったんです。私今朝からそんなことを思わせて頂きましてね。昨日神饌させて頂く時でございました。あ神饌が終わってからでございました。久保山先生が、先生このあの、洋酒のお供えが色々してございます、中にあのブランデーがお供えしてございます。
 それであの、久保山先生のお宅の祭りのときに、私が頂くのにと言うて、まぁ買うてあったんですね。それでまぁあれを口を切ってから、あの御直会の時に、私がもう日本酒を頂きませんから、あれを私に下さってから、このくらいばかり口が切れてるんです。ですから、こらまぁいわば飲みかけなんです。「こら先生、お三宝にあげてもいいでしょうか」ち、先生が言いなさる。「あぁ良いですよ」ち。と言うて、まぁあの洋酒の中に、取り混ぜてから、そのブランデーも一緒にお供えしてございます。ね。
 昨日のお月次祭にも、私が申しましたように、これはもうここに限っての事でございます。私はよそは知りません。けどもここに限ってだけは、私はそれでいいんだと、こういう訳なんです。なぜって言うてから、あの沢山のお供えものは、みんな大坪総一郎に下げたいばっかりと神様が仰るのですから。神様の前にお供えをさせて頂いておるけれども、あれは、大坪総一郎にお供えしてあるのと同じこと。しかもそれは、金光大神にまた、天地の親神様にお供えしてあるのと、また同じこと。ね。
 だからもう自由勝手たるべし。私がだから、私はもうここ十五年余りと言うものは、あの神饌を致しますね。決してあの覆面と言うものは、神様はお許し下さいませんです。自分が食べるのに、覆面してするはずは無いというわけ。まぁそういう意味は分かりませんけれども、とにかく覆面をお許し頂けません、私だけは本当に今昔の感でございますね。「水づくし魚づくしになるまでは、離れられぬがわしの心じゃ」と仰るが。
 本当に、魚づくしにならせて頂いても、やはり神様は勿論はねられなさるはずじゃないのだけれど、とこう言うおかげを下さることのために、あの時分の、あぁいう修行もあったんだと言うこと。ね。同時にです、本当に神様のお下がりを頂いて、あぁ今日はお魚が頂けるぞ。今日は子供たちに、おやつの唐芋の一つもふかしてやれれれるぞと。とてもさぁそれもほんなら、神様が誰に下げなさるやら分からん。神様のほうが自由勝手であったと言うこと。ね。鰹はどこに下げろ、あわびはどこに下げろ。
 お神酒はお参りしておるもの。そら一合ぐらいのですから、お参りした者がお盃いっぱいづつ頂いたらおしまいになってしまう。ね。せめてその唐芋だけなりともと、こうお願いさせて頂いたら、もう先に下げておると。お供えをする前に、もう先に子供達に下げてやっとると仰る。なるほどお供えしとるぐらいな事は、ふかしたお芋を、子供達が頂いておる、先に。ね。
 お米のお供えがあったら、はぁ今晩、あれが食べられると。もうそのお供えに、目をつけたと言うことが、神様の機感に叶わなかった。もうそれこそもち米と普通の米と、そすと、その割れたどぶろくが、こう混じって、それこそ大変な事である。その頃のことを思いますと、これはやはり完全に、神様の御物であったと言うことを感じますです。私の地を許されてなかった。あの当時までは。ね。
 かと言うてほんなら現在、もう誰に下げようと思うてか、もう本当にお前に見せたい、食べさせたい飲ませたいばっかりに、こんなに沢山のものを集めるのぞと、神様が言うて下さってもです。なら果たし、私がそういう風に、自由勝手に私が頂いておるかと言うことなんです。ね。今こそ私は色々頂いておりますけれども、ね。やはり私の方では、やっぱり今でも二食であり、やはり晩は麦のお粥さんである。自由じゃないでしょうが。私は自分から、お酒を頂こうとは思いません。ね。
 今は私が糖分をぜんぜん取りませんから、なおさらですけども。本当にお菓子一つでも、私は良いお菓子を、子供達にまぁだ良かつから、いっちょ子供達に食べさせようと言うたことは、まだ一遍もありません。ね。良い果物があったら、みんな私はもうかえって、もう他のものに下げます。そして私の心。私が頂いとる。神様はそう言うて下さるんだけれども、けれどもそれは、私のものじゃない。やっぱり神様の御物だと、私は思うとる。神様はもうお前の自由勝手と仰る。
  (途中末尾切れ)